犬を迎い入れるときには、これから過ごす環境にうまく適応できるように、犬に対してきちんとしつけやトレーニングをすることが大事だと言われます。
しつけやトレーニングの大切さは言うまでもありませんが、それでもマニュアルにしたがって、やみくもにしつけをすればよいわけではありません。迎い入れた犬とともにこれからの生活を楽しみ、満ち足りたものとするために、何にもまして飼い主が心がけておくべきことは、飼い主と犬が互いに相手を信頼し合えるような関係を築くことではないでしょうか。しつけやトレーニングをするうえでも、信頼関係があるかないかで、その成果には大きな違いが生じるはずです。
乳幼児と母親の間では、子供は不安や恐怖を感じたときに母親に近づき、身体的な接触を求めます。近づいてくる子供に、母親が手を差し出したり、呼びかけたり、励ましたりすることによって、子供は安心感を得ることができます。このような乳幼児の行動を心理学では愛着行動(アタッチメント行動)、母親の行動をケアギビング行動といいますが、犬と飼い主の関係には、このような幼い子供と母親との関係によく似たところがあります。
犬も脅威を感じたり、ストレスの高い状況に置かれたときには、自分を守ってくれる存在に近づき、身体をくっつけることによって、不安や恐怖を和らげようとすることがあります。そのようなときに犬の示す愛着行動に敏感に応えることによって、飼い主はその犬の安全な避難所になります。また、犬が新たなことにチャレンジしていく際には、飼い主はその探索行動を支える安全基地の役割も果たします。犬と飼い主の一連の行動は、犬の自信(自己効力感)を高め、飼い主と犬の間に信頼関係が築かれていきます。このような経験を共有し、日々のコミュニケーションを積み重ねることによって、飼い主と犬の信頼関係は確立されていくのです。
犬は話すことはできませんが、表情やしぐさ(ボディランゲージ)によって、何かを伝えようとし、また、飼い主からのメッセージを受け取ろうとしています。飼い主は、そのしぐさをよく観て、犬の状態の変化に素早く気づき、適切に応えることが求められます。特にネガティブな反応を示している時(強い警戒を示していたり、興奮、緊張状態にあるときなど)には、その状態を放置したり、過剰に反応したりしないことです。犬が緊張したり、興奮している状態であれば、犬を落ちつかせるためには、飼い主も落ち着いて接することが必要です。
今ここに一緒にいること、共に経験し、行動することを重ねていくと、飼い主も犬も、それぞれが相手の行動を予測できるようになり、共同作業を楽しめるようになっていきます。この楽しい経験が、飼主と犬の特別な関係を作り出し、その絆を一層、強いものにしてくれるのです。
そのためには、一緒に遊んだり、ゲームをしたりしても良いでしょう。しつけやトレーニングも、新しいことにチャレンジする飼い主と犬の共同作業です。双方がワクワクした気持ちをもって楽しみながら行うことができれば、上達も早いはずです。あるいは、何か特別なことをしなくても、お気に入りの場所で、今ここを五感で感じながら一緒に過ごす時間は、犬と飼い主の特別な関係づくりに大いに役立つことでしょう。
参考文献:
大久保圭介 アタッチメント理論におけるケアギビング研究の現在 看過されてきた原因と今後の展望 心理学研究 2020年 91(5)
北條美紀 犬と生きるということ あなたと犬の長くて短い散歩道 2026年 犬曰く
