犬はどのような動物か? ~知覚機能(その1 嗅覚)

犬の知識

人と犬では、視覚、聴覚、嗅覚などの知覚能力に違いがあるため、それぞれの目や耳、鼻などで捉えている世界(環境)は、決して同じではありません。つまり、人と犬は、異なる環境世界を生きていると言えます。私たちが犬のことを理解するためには、犬が見て、聴いて、そして嗅いでいる世界がどのようなものなのかを理解することが大切になります。

1.嗅覚

匂いのもとである匂い分子は、その源から発散すると空気中に漂いながら拡散していきます。光や音などは直線的に伝わりますが、匂いは空気の流れに影響されるため、伝わり方は複雑で予想しにくいのが特徴です。特に風のない室内などでは、ほとんど空気の流れを感じとれないため、何かの匂いを感知しても、ただちにその匂いの源を探りあてられるとは限りません。

犬が鼻で世界をどのように感じとっているのかを想像することは非常に困難です。なぜなら、人と犬の嗅覚能力には、とてつもない差があるためです。

犬の嗅覚は、人のそれと比べると、100万倍1の感度を持つといわれています。つまり、人が感じ取れる匂いを100万分の1に薄めたとしても、犬はそれを感じとることができるわけです。

100万倍と聞いても全くピンときませんが、鼻腔内にある匂いを感じとる受容体(嗅覚細胞)の数、匂いを脳に伝える神経の数、匂いを分析する脳の部位が脳全体に占める割合などを比較しても、犬のほうが数10倍から100倍程度、多いことがわかっています。

ちなみに犬の嗅覚受容体は、その種類も人の嗅覚受容体の種類より多いため、感度だけでなく、異なる匂いを嗅ぎ分ける能力も、犬のほうがはるかに高いようです。

また、匂いは時間の経過とともに薄まっていきますが、犬はそのわずかな匂いの変化まで感じとることができます。狩猟犬が、獲物となる動物が通ったルートを正確に追跡することができるのは、この能力によるものと考えられています。

これらのことが示す犬の嗅覚の鋭さは、災害救助犬、警察犬、麻薬探知犬などの活躍を考えるとうなずけるのではないでしょうか。

また、医療の面でも、さまざまな感染症、糖尿病、癌などの病気特有の匂いを感知できることが報告されており、新型コロナウイルスの匂いを検知できるという研究報告もあります。

このような現場で活躍する犬たちは、特に嗅覚が鋭い選ばれた犬たちであり、そのための訓練を受けているため、感知した特定の匂いを知らせることができるわけですが、そのような特別な犬でなくても、犬は人には全く感じられないような微かな匂いを嗅ぎ分けることができます。

犬はこのような優れた能力を用いて、常に人や場所、他犬などを識別していますが、それだけではないようです。

匂いで誰かが分かるだけではなく、相手が不安や恐怖を感じた時に、ストレスによって汗をかいたり、アドレナリンなどのホルモンを分泌したりすると、これを嗅ぎ取って、相手の気持ちを感じとっているかもしれません。あるいは、病気の兆候にも気づいているかもしれません。

場所を記憶するにも、匂いが大事な役割を果たしていると考えられます。そして、その場所を誰が訪れたかということにも気づいているはずです。

他の犬が残していった尿には、とりわけ興味を示し、夢中になって匂いを嗅ぎます。これは、尿には、その犬の様々な情報が含まれているためであり、社会性の高い動物である犬は、これを嗅がずにはいられないようです。犬にとって、マーキングは大切なコミュニケーション手段の一つでもあるのです。

尿の跡を丹念に嗅いでいたかと思うと、おもむろにそれを舐め始めることがありますが、これは、鋤鼻器官(ヤコブソン器官とも言う)という上顎の犬歯のすぐ後ろ側にある器官で尿に含まれているフェロモンを感知するためです。フェロモンには、年齢、性別、健康状態などの情報や、その尿が雌犬のものであれば、発情期にあるのかといった生殖に関する情報が含まれています。

やはり、犬の匂いの世界を想像することは容易ではありません。これだけ嗅覚が鋭いということは、犬の世界は、常に匂いに満ち溢れているということなのかもしれません。


  1. 人にも犬にも、よく感じとれる匂い、感じとりにくい匂いがあるので、その種類によって感度は違います。また、犬種によっても感度には差があります。ビーグル、バセットハウンド、ブラッドハウンドなどの嗅覚ハウンドは特に優れた嗅覚を持っており、反対にパグやフレンチブルドッグ、ボストンテリアなどの短頭種の嗅覚はやや劣るといわれています。 ↩︎

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